| 公演名 |
東京ザヴィヌルバッハ New Album 「Sweet Metallic」 リリース記念ライブツアー in 大阪 |
| 公演日 | 8月30日(土) 19:30 開場/20:00 開演 |
| 会場 | ライブホール KOO'ON/空音 |
| 出演 |
坪口昌恭(Keyboards, "M" on Macintosh)・菊地成孔(Sax)・ 三沢 泉(Percussion)・numb(Live Electronics) |
| 料金 |
前売:¥4,500 当日:¥5,000 ※入場整理番号付 ※自由席(先着順)+立見。 ※申込数が定員に達した場合、締め切らせていただきます。 |
| 一般発売日 | 発売中 (8月29日19:00迄) |
| チケット販売所 |
|
| 主催・問い合わせ | KOO'ON 06-6541-9010 (平日10:00〜19:00) mail@koo-on.com |
■ 東京ザヴィヌルバッハ プロフィール
99年1月、坪口昌恭の新たなリーダー・ユニットとして、アドヴァイザー役でもある菊地成孔と共に結成。
坪口自身が打ち込みコントロールするリズム隊+インプロヴァイザーという形態で、
'99年3月に新宿PIT INNにて初ライブを行ない、その5月にはトランペットの五十嵐一生が加入
(現在は脱退)。クラブDJフィーリングとジャジーな魅力を併せ持つ新ユニットが誕生した。
特筆すべき手法として、主に現代音楽の分野で使われていた自動変奏シーケンスソフト“M”に
リズム隊を担当させ、微妙なランダム感やコラージュ感のあるグルーブを表現している。
リアルタイムにパートをON/OFFしたり曲の構成を作り出せるだけでなく、
“M”による不自然とも言える不定形ビートにより、
機械と人間ががっぷり四つに組んだイメージを浮き立たせる。
結成後2年間は新宿PIT INNと南青山MANDALAを中心に、
'99年5月に西麻布BuLLEt'S、2000年7月にクラブイベント“OVA”at CAYに出演。
2001年より活動拠点を六本木PIT INNに移し、2004年夏の閉店直前まで定期的に出演した。
2001年2月に“Organic Groove”(新宿Liquid Roomにてメデスキ・マーチン&ウッドのフロントアクト)
に出演したことがきっかけで多くの音楽ファンにアピール。
2001年12月からのTowerRecords/musee企画“intoxicate”シリーズ@CAYや、
ewe Inc.主催Jazz Todayシリーズに連続出演するほか、
2002年7月よりMotion Blue Yokohamaにも登場。
山梨、京都(アート・リンゼイと対バン)、大阪(山下洋輔氏と共演)、
名古屋からも招聘される他、各種クラブイベントへの出演多数。
音楽雑誌では「GROOVE」 2000年8月号の付録CDにライブ音源から収録されるほか、
「キーボードマガジン」2001年6月号アーチスト直伝向けに、
TZB名義のソロ作品を制作。音楽雑誌インタビュー多数。
2001年までにライブ音源をリミックスした自主アルバムを2枚リリース。
2001年夏五十嵐脱退、坪口×菊地二人体制になり、
ゲストプレイヤーにパーカッショニストを加えるなどして、
よりコンセプトを明確に表した本格デビューアルバム「Cool Cluster」リリース
(2002年4月21日、EastWorksEntertainment Inc.)。
その多重力ファンクとも言えるサウンドは、音楽各誌で絶賛。
2003年3月には、オラシオ・エルナンデス(Drums)を交えたスタジオ・インプロ・セッションを元に
再構築した4thアルバム「VOGUE AFRICA」リリース。
アフリカをコンセプトにしたネーミングと、サウンドの意外なスムーズさが相まって大好評。
その後、より“エレクトロ・ジャズ”に傾倒した音楽性をアピールしつつ、
2004年8月5thアルバム「a8v」リリース。
ストイックでありながら様々な要素が融合した音楽性は一つの到達点に達したといえる。
2005年に入り、「VOGUE AFRICA」のスタジオ・セッションから、オラシオ監修の元、ノーカット、
ダビング無しで丸々2曲収録した「VOGUE AFRICA "Naked"」リリース。
2005年7月には再び“Organic Groove”(代官山UNITにてMeat Beat Manifestoのフロントアクト)に出演し、
モジュラー・シンセサイザーをシステムに組み込んだ新機軸を披露。
2005年8月発売のmasのニューアルバム「Steppers+」にリミックス作品提供。
その後、1年半の充電期間を経て2007年9月に再始動。
より洗練された変則的なリズム・フィギュアを打ち出し、柔軟で多彩な三沢泉のパーカッション、
繊細で的確なnumbのリアルタイム・エフェクトを交えた4人編成でライブをおこなうと、
すぐさまレコーディングに突入。アディショナル・プレイヤーにヨスヴァニー・テリー(Sax)を迎え、
2008年4月、アーバンかつダビーな7thアルバム「SWEET METALLIC」リリース。
99年1月、坪口昌恭の新たなリーダー・ユニットとして、アドヴァイザー役でもある菊地成孔と共に結成。
坪口自身が打ち込みコントロールするリズム隊+インプロヴァイザーという形態で、
'99年3月に新宿PIT INNにて初ライブを行ない、その5月にはトランペットの五十嵐一生が加入
(現在は脱退)。クラブDJフィーリングとジャジーな魅力を併せ持つ新ユニットが誕生した。
特筆すべき手法として、主に現代音楽の分野で使われていた自動変奏シーケンスソフト“M”に
リズム隊を担当させ、微妙なランダム感やコラージュ感のあるグルーブを表現している。
リアルタイムにパートをON/OFFしたり曲の構成を作り出せるだけでなく、
“M”による不自然とも言える不定形ビートにより、
機械と人間ががっぷり四つに組んだイメージを浮き立たせる。
結成後2年間は新宿PIT INNと南青山MANDALAを中心に、
'99年5月に西麻布BuLLEt'S、2000年7月にクラブイベント“OVA”at CAYに出演。
2001年より活動拠点を六本木PIT INNに移し、2004年夏の閉店直前まで定期的に出演した。
2001年2月に“Organic Groove”(新宿Liquid Roomにてメデスキ・マーチン&ウッドのフロントアクト)
に出演したことがきっかけで多くの音楽ファンにアピール。
2001年12月からのTowerRecords/musee企画“intoxicate”シリーズ@CAYや、
ewe Inc.主催Jazz Todayシリーズに連続出演するほか、
2002年7月よりMotion Blue Yokohamaにも登場。
山梨、京都(アート・リンゼイと対バン)、大阪(山下洋輔氏と共演)、
名古屋からも招聘される他、各種クラブイベントへの出演多数。
音楽雑誌では「GROOVE」 2000年8月号の付録CDにライブ音源から収録されるほか、
「キーボードマガジン」2001年6月号アーチスト直伝向けに、
TZB名義のソロ作品を制作。音楽雑誌インタビュー多数。
2001年までにライブ音源をリミックスした自主アルバムを2枚リリース。
2001年夏五十嵐脱退、坪口×菊地二人体制になり、
ゲストプレイヤーにパーカッショニストを加えるなどして、
よりコンセプトを明確に表した本格デビューアルバム「Cool Cluster」リリース
(2002年4月21日、EastWorksEntertainment Inc.)。
その多重力ファンクとも言えるサウンドは、音楽各誌で絶賛。
2003年3月には、オラシオ・エルナンデス(Drums)を交えたスタジオ・インプロ・セッションを元に
再構築した4thアルバム「VOGUE AFRICA」リリース。
アフリカをコンセプトにしたネーミングと、サウンドの意外なスムーズさが相まって大好評。
その後、より“エレクトロ・ジャズ”に傾倒した音楽性をアピールしつつ、
2004年8月5thアルバム「a8v」リリース。
ストイックでありながら様々な要素が融合した音楽性は一つの到達点に達したといえる。
2005年に入り、「VOGUE AFRICA」のスタジオ・セッションから、オラシオ監修の元、ノーカット、
ダビング無しで丸々2曲収録した「VOGUE AFRICA "Naked"」リリース。
2005年7月には再び“Organic Groove”(代官山UNITにてMeat Beat Manifestoのフロントアクト)に出演し、
モジュラー・シンセサイザーをシステムに組み込んだ新機軸を披露。
2005年8月発売のmasのニューアルバム「Steppers+」にリミックス作品提供。
その後、1年半の充電期間を経て2007年9月に再始動。
より洗練された変則的なリズム・フィギュアを打ち出し、柔軟で多彩な三沢泉のパーカッション、
繊細で的確なnumbのリアルタイム・エフェクトを交えた4人編成でライブをおこなうと、
すぐさまレコーディングに突入。アディショナル・プレイヤーにヨスヴァニー・テリー(Sax)を迎え、
2008年4月、アーバンかつダビーな7thアルバム「SWEET METALLIC」リリース。











